東京地方裁判所 平成5年(ワ)17201号 判決
東京都北区王子四丁目九番三号
原告
王子繊工株式会社
右代表者代表取締役
吉田幸一郎
右訴訟代理人弁護士
鷹取信哉
同
板垣眞一
広島県竹原市忠海町一〇二七番地
被告
アトム株式会社
右代表者代表取締役
平健一郎
東京都板橋区高島平四丁目一六番三号
被告
高和産業株式会社
右代表者代表取締役
高橋禄郎
右両名訴訟代理人弁護士
中尾正士
同
山本英雄
同
今井光
右輔佐人弁理士
古田剛啓
大阪府箕面市船場東一丁目八番一号
被告
おたふく手袋株式会社
右代表者代表取締役
井戸端岩男
東京都港区芝公園四丁目一番四号
被告
株式会社セブンーイレブン・ジャパン
右代表者代表取締役
栗田裕夫
右両名訴訟代理人弁護士
岡田春夫
広島県豊田郡本郷町大字上北方四〇八四番の六
被告
シンエイ産業株式会社
右代表者代表取締役
秋田松雄
東京都北区豊島七丁目一三番二二号
被告
株式会社アイダ
右代表者代表取締役
会田博
右両名訴訟代理人弁護士
河原和郎
右輔佐人弁理士
三原靖雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告アトム株式会社(以下「被告アトム」という。)は、別紙物件目録(1)及び(2)記載の手袋(以下「被告製品(1)(2)」といい、それぞれについて「被告製品(1)」「被告製品(2)」という。)を、被告おたふく手袋株式会社(以下「被告おたふく」という。)は、同目録(3)記載の手袋(以下「被告製品(3)」という。)を、被告シンエイ産業株式会社(以下「被告シンエイ」という。)は、同目録(4)記載の手袋(以下「被告製品(4)」といい、被告製品(1)ないし被告製品(4)の手袋をまとめて「被告ら製品」という。)を、それぞれ製造販売してはならない。
二 被告アトムは、被告製品(1)(2)の完成品及び半製品を、被告おたふくは、被告製品(3)の完成品及び半製品を、被告シンエイは、被告製品(4)の完成品及び半製品を、それぞれ廃棄せよ。
三 被告高和産業株式会社(以下「被告高和」という。)は、被告製品(1)(2)を、被告株式会社セブンーイレブン・ジャパン(以下「被告セブンーイレブン」という。)は、被告製品(3)を、被告株式会社アイダ(以下「被告アイダ」という。)は、被告製品(4)を、それぞれ販売してはならない。
四 被告高和は、その所持する被告製品(1)(2)を、被告セブンーイレブンは、その所持する被告製品(3)を、被告アイダは、その所持する被告製品(4)を、それぞれ廃棄せよ。
第二 事案の概要
本件は、原告が、後記一の特許権に基づき、作業用手袋の製造販売業者である被告アトム、被告おたふく及び被告シンエイに対し、それぞれの手袋製品の製造販売が右特許権を侵害するとして、被告ら製品の製造販売の差止め及び被告ら製品の完成品及び半製品の廃棄を求め、作業用手袋の販売業者である被告高和、被告セブンーイレブン及び被告アイダに対し、それぞれの手袋製品の販売が右特許権を侵害するとして、被告ら製品の販売の差止め及び各被告が所持する被告ら製品の廃棄を請求している事案である。
一 基礎となる事実
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している(争いがない。)。
(一) 特許番号 一七二二六七五号
(二) 発明の名称 編手袋
(三) 出願 昭和六二年六月一二日
(四) 出願公告 平成三年一二月二六日
(五) 登録 平成四年一二月二四日
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(争いがない。)。
3 本件発明の構成要件は、次のとおりである(右2の事実及び甲一)。
A 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、
B 該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、
C 前記股部Fを通る緯糸と平行に、
D 緯糸に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編み込んで成る
E 編手袋。
4 被告アトムは、被告製品(1)(2)を、被告おたふくは、被告製品(3)を、被告シンエイは、被告製品(4)を、それぞれ業として製造販売しており、被告高和は、被告製品(1)(2)を、被告セブンーイレブンは、被告製品(3)を、被告アイダは、被告製品(4)を、それぞれ業として販売している(争いがない。)。
5 被告ら製品は、本件発明の構成要件C及びEを充足している(争いがない。)。
二 争点
本件の主たる争点は、被告ら製品が、本件発明の技術的範囲に属するか否かである。なお、被告シンエイ及び被告アイダを除く被告らは、本件発明の特許出願日以前から、被告製品(1)ないし(3)をそれぞれ製造ないし販売しているとして、先使用に基づく通常実施権を有する旨の主張もしている。
三 主たる争点についての当事者の主張
1 原告の主張
(一)(1) 被告製品(1)(2)の構造は、次のとおりである。
a 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部に集中する作用力を受け止めるため、
b 股部F点を通る緯糸から下方に数えて、被告製品(1)では第一七列目、被告製品(2)では第一三列目の緯糸を起点として、袖口から第四列目にかけての部分に、
c 前記股部をとおる緯糸と平行に、
d 緯糸に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を編み目の一列置きに挿通してなり、
e 表面にゴムシートが張り付けてある
f 編手袋
(2) 被告製品(3)、(4)の構造は、次のとおりである。
a 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部に集中する作用力を受け止めるため、
b 股部F点を通る緯糸から下方に数えて、被告製品(3)では第八列目、被告製品(4)では第一五列目の緯糸を起点として、すそ部終端にかけて、
c 前記股部をとおる緯糸と平行に、
d 糸状ゴムに繊維を巻き回した弾性糸が前記編成された編み目の一列置きに被告製品(3)では一七列、被告製品(4)では一四列挿通され、その下方は間隔を置かずに続けて編み目ごとに被告製品(3)では二列、被告製品(4)では四列挿通されてなり、
e 表面にゴムシートが張り付けてある
f 編手袋
(3)a 被告ら製品の構造aは、本件発明の構成要件Aを充足する。
b 本件発明の構成要件B及びDの「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」「弾性糸を所要の編込み幅で編み込んで成る」とは、文理に即して合理的に解釈する限り、股部Fからすそ部Zまでの所望の箇所に、適宜、弾性糸を編み込むことを意味するものである。そして、被告ら製品の構造bは、いずれもこの部分に弾性糸が編み込まれているのであるから、被告ら製品は、いずれも構成要件Bを充足する。
c 本件発明の構成要件Dにおける弾性糸の「編込み」は、従来から存する軍手の手首部の編成と同様の方法でなされるもので、まず、弾性糸が先行して編み機の編成箇所に位置し、続いてこれをナイロン糸が被さるように覆い編成していくものである。これは、従来公知の技術であって、本件明細書においては、このような弾性糸の配置を「編込み」の語を用いて表現しているのである。
そして、被告ら製品の弾性糸の配置も、被告ら製品の物件目録の各図面に記載のとおり、右配置と同一であるから、右弾性糸の「挿通」は、本件発明における「編込み」と同義であり、被告ら製品の構造dは、いずれも構成要件Dを充足するというべきである。
d 被告ら製品の構造eは、単なる付加にすぎない。
e したがって、被告ら製品は、いずれも本件発明の技術的範囲に属する。
2 被告らの主張
(一) 構成要件A及びDについて
本件発明は、「手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため」(構成要件A)に、「緯糸に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を・・・編み込んで成る」(構成要件D)ものである。しかし、被告ら製品は、いずれもゴム張り手袋であり、股部Fも含めて掌部分にゴムシートを張り固めている。したがって、被告ら製品の手指の動きにより股部Fに集中する作用力は、張っているゴムシートで十二分に受け止めており、手袋の編み目に作用力は生じないので、この作用力を弾性糸で受け止めることも生じない。
なお、被告ら製品において、弾性糸を挿通しているのは、製品の製造工程において、手袋原手(糊付けやゴム張りの前の手袋)に糊付けをし、薄いゴム板を張る工程で金属製の平板(手型)に原手を密着させるためである。すなわち、この工程で、原手の親指からすそ部にかけての部分を平板に密着させていなければ、糊を削ぎ落とす際にたるみができ、糊が効率よく落ちなかったり、原手にしわができ、そのしわが糊で固まってしまうため、原手を平板に密着させるために弾性糸を挿通しているのである。また、被告製品(4)に弾性糸を編み込んだ目的は、専ら手首部分(すそ部)の密着性、適合性を増し、手袋の抜け出しを防止することにもある。作業用手袋は、男女用の区別もサイズの別もなく、誰もが等しく使用することを予定しているので、手首部分(すそ部)の弾力帯を長くして、手掌の大小にかかわらず、適合性、密着性を確保するようにしたものである。したがって、被告ら製品は、いずれも構成要件A及びDを充足しない。
原告は、後記のとおり、被告ら製品は、ゴムシートが薄いため、弾性糸によっても作用力を受け止めている旨主張するが、このゴムシートは、確かに厚さは一ミリメートルではあるが、その弾力は、手袋全体を組成する木綿糸はもちろん、挿入された弾性糸の張力とは比較できないほど強力であり、手袋の伸縮の程度、形状はすべてゴムシートの伸縮力に依存するのであって、弾性糸によって影響されることは全くない。したがって、手指の開閉によって掌部分の繊維が伸びることは確かであるが、弾性糸の存在によって右作用力を受け止めることはあり得ず、まして緯糸の繊維の疲労を防止する機能を果たしているということも全くない。すなわち、被告ら製品においては、手袋の形状と伸縮は、もっぱらゴムシートの形状と伸縮力によって決定され、ゴムシートが圧着付勢された部分の経・緯糸は、独自の伸縮ができない状態になっており、ただゴムシートの伸縮に伴って、その伸縮の範囲内で伸縮するにすぎないのであり、股部Fにかかる引張力はゴムシートによって受け止められており、手袋の経・緯糸は、貼付けられたゴムシートが破損しない限り、伸縮を繰り返すことによって経・緯糸が単独で疲労したり、破損したりすることはないのである(弾性糸の弾力がいくらかは作用していることがあるとしても、圧倒的に強いゴムシートの弾力からして、弾性糸の弾力は、ほとんど問題とならない。
(二) 構成要件Bについて
(1) 本件発明の構成要件Bは、「股部Fから」という文言の通常の解釈及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載、本件発明の審査段階で特許庁の拒絶理由通知に対して出願人が提出した平成三年七月一二日付け意見書(以下「本件意見書」という。)の記載、及び、本件発明の発明者で出願人である訴外吉田安衛が本件発明の出願前になした別件の実用新案登録出願(実願昭六二-八四一九五。以下「本件先願」という。)の審査経過を参酌すると、「股部Fを起点としてすそ部Zにかけての」部分と解すべきである。
ア 「股部Fから」という文言の通常の解釈及び発明の詳細な説明の記載について
本件明細書には、課題解決のための新知見の記載として、「本発明者は前記従来の編手袋の使用による糸及び組織の疲労について研究した結果、着用中の手袋は、親指の付根(第1図、第2図に於る股部F)付近を通る緯が最も強く引張られ、それよりも手首よりの部分には、親指の側方への動きが繰返し伝わるため早い時期に疲労して弾性力を失い、他方股部Fより他4指の付根までの部分(第一図のL)は殆んど疲労しないため弾性性が保存され、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱け易くなるというメカニズムを見出した。その結果股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見を得た。」(本件公報二欄二行ないし一四行)との記載がある。
そして、弾性糸の編み込み箇所について、本件明細書では、「弾性糸を編込む箇所は、人差し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間であるが、これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである。」(同三欄一八行ないし二一行)と説明されている。
また、本件発明の効果としては、本件明細書では、前記の「股部Fより下半の部分の疲労を防止すること」による効果として、「装着した手指の開閉、握り締め或いは緩めに応じて、最も長くかつ強く伸張され、股部Fに集中する引張力をゴム帯R(「弾性糸」の誤記)が受け止め」(同四欄三六行ないし三九行)ると記載されている。言い換えれば、本件明細書の右記載は、本件発明の効果として、「最も長くかつ強く伸張され、引張力が集中する股部Fに弾性糸を編込むこと」(股部Fを起点として、弾性糸を編込むこと)による効果が強調されているのである。そして、本件明細書では、この股部Fの弾性糸の補強による効果として、「本体を編織している緯(糸)に対する印張力が軽減され、或る程度伸びても弾性糸が収縮しその過度の伸びや切断が早期に起きないため、糸の材質、編物組織が同等のものであっても耐用期間を延長できる効果を奏する。なお、実施例記載の構造の場合、耐用期間の延長は、本件発明を実施しない同一材質、構造の編手袋に対して、3倍になることが見込まれた。」(同四欄四三行ないし五欄六行)との効果が説明され、さらにこの股部Fの弾性糸の補強による効果に併せて、「ゴム帯R(「弾性糸」の誤記)自体も掌の下半部からの作用を受け、全体として、手袋を手首方向へずれ動かすように作用するので、手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する効果を奏する。」(同四欄三九行ないし四三行)ことが記載されている。
さらに、本件明細書では、弾性糸の編込み幅として、「編込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿った第1列から次位の緯に沿った第2列・・・と複数列、平行に設けるのが良く、強力な弾性糸であれば、1本でも十分な効果を発揮するのでその数は特に限定されない」(同三欄三〇行ないし三五行)と記載され、本件明細書中の実施例のいずれにおいても、弾性糸の編込み範囲(箇所)の起点(第一列)を股部Fに設定することのみが記載され、この股部F以外の位置に起点を設定することについては一切記載されていない。
また、構成要件Bの「股部Fから」なる用語の通常の意味は、股部Fを起点としてという意味であり、そして、前記のとおり、本件明細書のいずれの箇所を見ても、弾性糸を股部Fを起点として、「股部Fから、すそ部にかけての部分に、所定の編込み幅で編込むこと」の文字どおりの構成のみが記載されているものである。
このように、本件明細書には、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにおいても、股部Fを起点として、所要の編込み幅で、股部Fからすそ部Zにかけて、弾性糸を編み込むとの発明が整合性をもって記載されているものであって、股部Fを起点としない発明については一切記載がない。
イ 本件意見書等の記載について
本件発明の特許出願(以下「本件出願」という。)について平成三年四月一九日付けでなされた拒絶理由通知における引用例2(実用新案公報昭三九-五六二九。以下「引用例2」という。)は、股部Fより上の部分と「掌甲下部3の一部と手首部4」に弾性糸を編み込んだものである。本件意見書によると、本件発明は「股部Fに作用力の集中が見られること、及び股部Fからすそ部Zへかけての部分に弾性糸を編込み、それによってこの部分の弾力性を高めることが、極めて有効であるという、独自の知見に基づいてなされたものであるが、このような事実は引用例1、2では全く認識されていない。引用例1、2では掌甲全体か或いは丁度この部分を除いた掌甲の上部(2)の緊締度を増すだけである。」(本件意見書七頁五行ないし一三行)としている。本件意見書でいう「丁度この部分」は、F点を起点としてすそ部方向へ向けた部分であり、被告ら製品では弾性糸の挿入されていない部分である。
このように、本件意見書では、弾性糸を編み込む対象領域を設定することの意義を強調するとともに、平成三年七月一二日付け手続補正書(以下「本件補正書」という。)によって、特許請求の範囲に、股部「Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」との文言を付加し、弾性糸の編み込み範囲(箇所)の「起点」を限定している。
ウ 本件先願について
本件発明の出願人は、本件発明の特許出願日である昭和六二年六月一二日より前の同年五月三〇日に本件先願をなし、平成三年四月一八日拒絶理由の通知を受け、同年九月二日拒絶査定を受けているところ、本件先願における実用新案登録請求の範囲を、「手指にはめる本体1のすそ部2から手のひら部3へかけての範囲の一部又は全部に幅方向の収縮性をもたせたホールド部4を設け、その上限位置を親指部5の上部付け根6付近に設定して成る作業用手袋」と記載していた。そして、同出願人は、平成三年七月一九日付け意見書では、「本願はホールド部4の上限を、親指部5の上部付け根6付近に設定した構成を特徴と」する旨記載し、本件先願における弾性糸の編込み位置を股部F付近を上限としてすそ部Zまでの範囲としている。これに対し、本件発明の構成要件Bは、「股部Fから、すそ部Zにかけて」弾性糸を編み込むものである。また、本件先願にかかる考案(以下「先願考案」という。)の作用効果は、股部Fの位置から若干下の位置(親指上部付け根付近)から弾性糸を入れることで「長時間使用しても手の特に掌に良くフィットする」ことであるのに対し、本件発明の作用効果は、股部Fに集中する作用力を受け止めることで「耐用期間」を延長することである。右出願経緯から、両者を比べてみると、本件発明及び本件先願の出願人は、股部Fより若干下の位置(親指上部付け根付近)から弾性糸を入れる先願考案と本件発明とは、弾性糸を入れる位置についても、その作用効果についても別の発明(考案)と考えていたことが明らかとなる。
本件発明は、先願考案とは異なる発明として取り扱われ、本件発明は、特許として認められ、本件先願は拒絶されている。そして、先願考案における股部Fから若干下の位置(親指上部付け根付近)より弾性糸を入れるとの構成は、被告ら製品と同じ構成である。したがって、先願考案と同じ構成の被告ら製品は、本件発明の技術的範囲に属しないことはこの点からも明らかである。
また、仮に、本件発明の「股部」と先願考案の「股部付近」を同一視するならば、本件発明と先願考案とは、弾性糸を編み込む範囲を設定する股部を起点をもって説明するか、「上限」をもって説明するかの表現上の差異があるにすぎなくなり、実質的に同一の発明(考案)であると判断するほかない。
したがって、本件発明にいう「股部Fから」の要件については、これを文字どおり厳密かつ限定的に解釈しない限り、本件特許権は、特許法三九条三項に反し、無効の理由を有することになるのであり、所定の幅で編み込む弾性糸の編み込み幅が、「股部Fから、すそ部Zにかけての部分の間であれば、その範囲の設定は自由である」というように、その権利の幅を広く解釈する原告の主張は許されるべきではない。
(2) 公知・公用技術について
ア 編手袋の手首部若しくはその周辺に弾性糸を編み込むことは、公知・公用の技術であることについて
本件出願について平成三年四月一九日付けでなされた拒絶理由通知書に拒絶理由として記載された実用新案公報昭三八-二五〇六二(以下「引用例1」という。)では、「掌胛下部3に弾性糸条または伸縮性糸条9等を編込み、もしくは・・・横方向に挿入し」(同公報右欄二一行ないし二五行)た手袋の構造が、同じく右拒絶理由通知書に記載された実用新案公報昭三九-五六二九(引用例2)では「弾性ゴム条または伸縮性糸条9等(を)・・・編込みもしくは挿通下に掌甲下部3の一部と手首部4を編成して形成なる手袋の構造」(同公報右欄二四行ないし二七行)が記載されており、また、右以外では、実用新案公報昭四五-二一〇〇一において「伸縮性糸条8・・・を編み入れて形成なった手首部2を具えた手袋の構造」(同公報二欄二五行ないし二七行)が、実用新案公報昭四五-一〇九七二において「手首部Bの全面に亙って、ゴム糸又は伸縮性糸状ハを任意のコースに挿入して編糸Dで編絡みした手袋の構造」(同公報二欄三一行ないし三三行)が、実用新案公報昭三三-一八五二八において、「手首部aと掌甲部cとの中間部bに・・・ゴム条2を挿入した構造」が、それぞれ示されている。これらのことからして、編手袋の「掌胛下部」、「掌甲下部の一部と手首部」、「手首部」、「手首部と掌甲部との中間部」に弾性糸を編み込み若しくは挿入することは本件発明の出願当時すでに公知技術だったことが明らかである。また、本件明細書にも、「弾性糸の例としては従来から手袋のすそ部に収縮性を与えるため用いられたものがある」と記載されているように、本件発明の出願時には、「手首部」に弾性糸を挿入することは、公知の技術であった。
イ 公知技術と特許発明の技術的範囲の解釈について
出願当時すでに公知、公用にかかる考案を含む実用新案について、その権利範囲を確定するに当たっては、各公知、公用の部分を除外して新規な考案の趣旨を明らかにすべきであるところ、前記のように、編手袋の「手首部」、「掌胛下部」、「掌甲下部の一部と手首部」、「手首部と掌甲部との中間部」に弾性糸を挿入又は編み込むことは、本件発明の出願当時の公知、公用の技術であったのであるから、これらの部分にのみ弾性糸を挿入している被告ら製品は、いずれも、本件発明の技術範囲に含まれないことが明らかである。
ウ 公知技術の抗弁について
編手袋の「掌胛下部」、「掌甲下部の一部と手首部」、「手首部」、「手首部と掌甲部との中間部」に弾性糸を挿入又は編み込むことは、本件発明の出願当時の公知技術であったところ、被告ら製品に弾性糸が挿通されている箇所は、いずれも、「手首部」であるか、これに当たらないとしても、それが「掌胛下部」、「掌甲下部の一部と手首部」、「手首部と掌甲部との中間部」に当たることは明らかであるから、被告らは右公知技術を使用しているだけであり、原告は、被告らに対し、被告ら製品の製造販売の差止めを求めることはできない。
(三) 構成要件Dの充足性について
弾性糸を作業用手袋に編成する方法には、「編み込み」と「挿入」の二通りの方法があり、本件発明は、「編み込み」をその構成要件としているところ、被告ら製品における弾性糸は、「編み込み」ではなく、挿入によって編成されており、構成要件Dを充足しない。
すなわち、弾性糸を作業用手袋に編成する方法には、非弾性糸と同時に「編み込む」方法と、被告ら製品のとおり「挿入」(普通流し込みと呼ばれる。日本靴下工業組合連合会編「靴下工学」一〇九頁)する方法とがあるところ、作業用手袋の場合、手袋を「編む」というのは、糸と糸とをループ状に絡めて手袋を編成することをいうものであり、これに対し、「挿入」とは、第三の糸(弾性糸)を糸と糸で絡めたループに刺通しているのであって、「編む」「編み込む」とかいうこととは全く違ったものである。そして、本件発明では、弾性糸は、蛇行する「緯と平行に」編み込むと記載されているものであるから、前者の方法を記載しているもりと解釈しなければならない。また、本件発明の拒絶理由とされた引用例1及び2のいずれも、「弾性糸条(を)・・・編込み、もしくは・・・挿入して」と記載しており、挿入とは違う意味の用語として「編込み」を使っている。さらに、実用新案公報昭三二-二七三七、同昭三三-一八五二八、同昭三八-一三五一八、同昭三三-一八五二八でも「挿入」の語が使われており、作業用手袋の製造法については、「編込み」と「挿入」は、全く違う製造工程として用語法が確立していたと言える。
それだけでなく、本件発明は、当初の特許出願の願書では、「弾性糸を織込んで成る」としていたものを、審査官から前記各実用新案公報の存在を指摘した拒絶理由通知を受けた後、前記のように挿入とは違う意味の用語として「編込み」を使っている各公報を検討した上で、本件補正書で、「編込(む)」との用語に改めていることからしても、挿入とは違う意味の用語として「編込み」を使っていることは明らかであり、また、本件発明の実施例では、弾性糸そのものが編み糸として編み込まれているのである。なお、本件公報の第3図は、通常の編手袋の弾性糸を挿入しない部分の組織の写生図であるが、弾性糸Hが緯糸Fと同一のものとして表示されており、緯糸以外の弾性糸があるわけではない。
以上のことから、構成要件Dにいう「弾性糸を・・・編込む」とは、弾性糸をループ状に編んで編手袋を編成することを意味するものと解すべきであり、弾性糸が挿入されている被告ら製品は、この構成要件を充足しない。
3 原告の反論
(一) 構成要件A及びDについて
被告ら製品は、ゴムシートが貼付されているにもかかわらず、弾性糸によって股部Fに集中する作用力を受け止めている。すなわち、被告ら製品は、ゴムシートの貼付によって、若干の作用力を受け止めているのは事実であろうが、そもそもゴムシートは厚さ一ミリメートル前後の薄いシートであるから、右貼付にもかかわらず、手指の開閉により掌部分の繊維は伸びるのであり、したがってまた、弾性糸の存在によって、右作用力を受け止め、繊維の疲労を防止する機能は果たしているのである。
また、構成要件A及びDは、股部Fに集中する作用力を掌側に加わる物理力に限定し、その力を受け取る目的に限定していない。すなわち、手指の動きにより、掌側はもちろん、甲側にも股部Fに集中する作用力が加わるのであるから(手指を閉じれば、甲側の作用力が大きくなり、逆に手指を開けば、掌側の作用力が大きくなる。)、構成要件A及びDは、掌側と甲側の双方に加わる作用力を受け止めるという趣旨であることは明らかである。そして、被告ら製品のゴムシートは、いずれも掌側に貼付されているが甲側には全く又はほとんど貼付されていないのであるから、やはり構成要件A及びDを充足するといわざるをえない。
(二) 構成要件Bの充足性について
(1) 発明の詳細な説明の記載について
ア 特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載により定められるのであるから(特許法七〇条)、明細書の発明の詳細な説明を参酌することができるのは、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが、発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限定されるのであって、かかる事情のない限り、発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されない(最判平成三年三月八日民集四五巻三号一二三頁)。
本件発明の特許請求の範囲の記載は、「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」であり、この記載のみで、該股部Fからすそ部Zまでの所望の箇所に、適宜、弾性糸を編み込めば、本件発明の右要件を充足するものが得られることを十分理解することができ、技術的意義の不明確性や誤記などは全く存在しない。したがって、本件において、発明の詳細な説明の記載を参酌する必要は全くなく、むしろ参酌は許されない。
仮にこれを参酌するとしても、文理に即して合理的に解釈する限り、構成要件Bは、特許請求の範囲の記載どおり、「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」と解すべきであって、被告らが主張するように「股部Fを起点としてすそ部Zにかけての部分」と限定して解釈すべき理由は存在しない。すなわち、本件発明の発明者は、発明の詳細な説明の記載によれば、従来の手袋においては、股部Fから手首までの部分は、股部Fから他四指の付け根までの部分に比較して早い時期に疲労し、「相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱け易くなるというメカニズム」(本件公報二欄一〇、一一行)を発見したことから、「股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見を得た」(同一二行から一四行)。そこで、「弾性糸を編込む箇所は、人差し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間」(同三欄一八、一九行)としたのであり、これは「この部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するため」(同二〇、二一行)に外ならない。もちろん、被告らが指摘するように、親指の付け根(股部F)付近を通る緯糸が最も強く引っ張られるため、「第1列の緯Fのもの(弾性糸)が引張力に最も強く対抗して伸び」(同四欄一六、一七行)るが、それとてF1の弾性糸が編み込まれていないと、前記問題が解決できないものではなく、「それ(F1の弾性糸の意。)を第2列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する」(同一七行から二〇行)のである。
以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、股部Fから四指の付け根の付近までの部分(本件明細書第1図ではL1の部分)と股部Fからすそ部Zにかけての部分(同図ではL2の部分)とを分け、後者の部分の引張力に対抗する力を保持させようとし、そのために股部Fからすそ部Zまでの部分に弾性糸を編み込むことにしたことが明らかである。もちろん、発明の詳細な説明には、全体を通じ、弾性糸は股部Fの箇所を起点としてここから編み込まなければならないとか、中途の箇所から編み込んだのでは効果が生じないとの記載はない。よって、構成要件Bを「股部Fを起点としてすそ部Zにかけての部分」と限定して解釈すべき理由はない。
イ 本件意見書等の記載について
本件意見書によっても、本件発明の出願人が弾性糸を編み込む箇所を「股部Fを起点としてすそ部Zにかけての部分」に限定する意図を有していたものとは認められない。すなわち、審査官は、本件出願について、平成三年四月一九日付けで、引用例1及び2の二つの公報を引用し、本件発明はこれらの記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるという拒絶理由を発した。しかしながら、右引用例1及び2記載の考案においては、本件発明がなされるに至った前提となる知見、すなわち、「股部Fに作用力の集中が見られること、及び股部Fからすそ部Zへかけての部分に弾性糸を編み込み、それによって、この部分の弾性力を高めることが、極めて有効である」ことについて、全く触れるところがなく、これを示唆するところすらなかったので、出願人は、この事実を挙げて(本件意見書七頁五行から八行)、本件意見書を提出した。
すなわち、本件発明は、前記のとおり、股部Fから四指の付け根の付近までの部分(Lの部分)と股部Fからすそ部Zにかけての部分(L2の部分)とを分け、早期に保持力が弱くなる後者の部分に弾性糸を編み込み、もって脱け出しを防止しようとしたところに特徴を有するものである。また、本件発明においては、股部Fから下方の領域に弾性糸を編み込む構成を採っているので、股部Fに集中する作用力を受けて、これより上方の領域を下方から引きつけ、全体が手首方向にずれ動く力が働くので、着用時には各指部をそれぞれ指の付け根に引き寄せる力が常時働き、その結果、手への適合感、密着性が著しく高められる効果を奏する(本件公報四欄二九行から三四行、三八行から四三行参照)。ところが、引用例1記載の考案の構成では、指部以外の箇所全部に弾性糸を編み込むというものであるから、親指と人差指との股部に集中する作用力は無視されており、手袋の抜け出し防止は不可能である。まさに、本件意見書が指摘するように、「掌甲上部(2)、下部(3)に伸縮糸条(9)を編込んでも、掌甲に関する限り、糸条(9)を編込まない場合と何ら変るところはないからである」(本件意見書五頁一二行から一五行)。いわんや引用例2の考案に至っては、かえってL1の部分の保持力のみを高めてしまい、逆に手袋が脱げ易くなってしまうのである。また、これらの構成では、「手袋からの圧迫感が増すだけで」(同七頁一五行)、「手首方向へのずれ動く力は発生せず、指部がだぶつ」(同八頁三、四行)いてしまう。このようなことから、本件意見書においては、本件発明は、「引用例1、2のものに対して一見似てはいるけれども明らかに非なるものであり、股部Fよりすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編込むという構成、この構成をうながす発明意識乃至思想は引用例1、2に存在しないのであって、本願の効果も引用例1、2によって期待できないのである」と記載されているのである(本件意見書九頁九行から一五行)。
そして、審査官は、この本件意見書の記載により本件発明と引用例との相違点を理解し、出願公告決定をしたものである。
以上のとおり、本件発明の出願人は、進歩性の不存在を理由とする拒絶理由通知書に対し、その進歩性を縷々述べて反駁していたのであって、この中に構成要件Bを限定解釈すべきであるという意見は見いだし得ない。
ウ 本件先願の審査経過について
一般に、発明(考案)は、基本的着想を共通にしていても、発明(考案)者が、如何なる点を発明(考案)として把握するかによって、複数の異なる発明(考案)が成り立ち得る。そして、本件先願の考案は、「手の特に掌によくフィットする作業用手袋の提供を目的」とする(本件先願の明細書二頁六、七行)ものであるから、本件発明と基本的着想を共通にするものではあるが、出願人は、両者の構成を変えて、一方を考案、他方を発明として捉え出願し、審査官も両者を異なる発明(考案)として査定をしたものである。
したがって、本件発明とは全く別異の考案である本件先願を参酌してその技術的範囲を論ずるのは相当ではない。
次に、両者の具体的な相違点は、被告らが主張するように、「ホールド部4」を設ける位置と「弾性糸」を編み込む位置の相違のみに求めるべきではない。すなわち、構成要件の同一性は、構成要件の一部のみを取り上げていうことはできず、結合された複数の構成要件全体をもって判断すべきであるところ、本件先願の明細書の実用新案登録請求の範囲と本件発明の特許請求の範囲を比較すると、前者では、「幅方向の収縮性」をもつものであれば(すなわち、単に縮まるものであれば)、「ホールド部4」の素材は何ら問題にしていないのに対し、後者においては、「これ(引張力)に対抗する」力を持つ「弾性糸」に限定するとともに、その弾性糸は「緯と並行」でなければならないことを構成要件としているのである。このように、本件発明の出願人及び審査官は、本件発明と先願考案とを、その構成全体を比較して別発明とみているのである。
したがって、両者の技術的範囲の相違をホールド部4を設ける位置と弾性糸を編み込む位置のみに求めた上で、本件特許権の無効理由を述べる被告らの主張は、誤りといわざるを得ない。
(2) 公知・公用技術について
ア 引用例1及び2について
被告らは、引用例1に示されている考案の構成が掌胛上部2、掌胛下部3、手首部4の全域にわたって伸縮性糸等を編み込むとなっているのに、ことさら掌胛下部に弾性糸条を編み込むという箇所のみを取り上げて、ここを除外して構成要件Bを解釈すべきと主張している。
しかし、引用例1と本件明細書とを比較検討すれば、両者が作用効果を全く異にすることが明らかである。すなわち、本件発明者は、「着用中の手袋は、親指の付根(股部F)付近を通る緯が最も強く引張られ、それよりも手首よりの部分には、親指の側方への動きが繰返し伝わるため早い時期に疲労して弾性力(弾力性)を失い、他方股部Fより他4指の付近までの部分(第1図面のL1)は殆ど疲労しないため弾性性(弾力性)が保存され、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱げ易くなるというメカニズム」を発見し、「股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見」を基に、構成要件AないしDをその内容とする本件発明について特許出願に及んだのである。
これに対し、引用例1に示された考案では、以上のようなメカニズムや知見には全く触れられておらず、かえって股部Fからすそ部Zにかけての部分以外に伸縮性糸条等を編み込む構成となっているため、相対的に股部Fより下半の部分の保持力を高めることができないものとなっている。
したがって、本件発明と右考案とは作用効果を全く異にするものであり、出願当時、本件発明が公知であったとは認められず、掌胛下部を除外して構成要件Bを解釈することは許されないというべきである。
引用例2についても同様であって、引用例2に示された考案のように掌甲下部3に弾性糸を編み込まない構成では、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が弱くなり、かえって手袋が抜け出してしまい、これと本件発明とは作用効果を異にするものである。したがって、本件発明は、公知技術を含む関係にはなく、本件発明から「掌甲下部の一部と手首部」を除外して解釈することは許されない。
イ 実用新案公報昭四五-二一〇〇一、同昭四五-一〇九七二について
これらの公報には、被告ら主張のとおりの構成が示されているが、そもそも「手首部」に弾性糸を編み込む構成は、従来の軍手がすべて採用してきた公知技術であるから、この部分を除外して本件発明の構成要件を解釈すべきことは当然である。
そこで、「手首部」の範囲であるが、これは取引慣行により確定している。すなわち、国内の編手袋機械は、島式と松谷式編み機の二種類しか存在しないが、前者によれば、手指の付根部分から掌最下部までの編み目が四二列あり、それより下の部分が手首部分となる。後者によれば、同様に四〇列目より下の部分が手首部分となる。しかるところ、被告ら製品の弾性糸の挿通されている箇所は、いずれも「手首部」のみに弾性糸が編み込まれているとはいえないものであるから、いずれにせよ被告らの主張には理由がない。
ウ 実用新案公報昭三三-一八五二八について
右の公報に「手首部aと掌甲部cとの中間部b」にゴム条を挿入する構成との記載があるのは、被告ら主張のとおりである。
しかし、右の公報に示された考案は、「中間部」に手首部よりも弱い収縮力を持ったゴム糸条を挿入する構成をとっていること、また作用効果が目へらしやかがり付けの必要を省き、簡単に編成することにあることを考慮すれば、本件発明と右の公報に示された考案とは構成も作用効果も異なり、本件発明が公知技術を含む関係にないのは明らかである。よって、「手首部と掌甲部との中間部」を除外して本件発明の構成要件Bを解釈すべき理由はない。
また、仮に「手首部と掌甲部との中間部」を除外するとしても、その範囲を右作用効果に照らし合わせて合理的に解釈すれば、その範囲はせいぜい三列程度の極めて狭いものと解するほかない。
だとすると、被告ら製品における弾性糸の編み込み箇所がここに収まらないものであるから、仮に被告ら主張のとおり、「中間部」を除外するとしても被告ら製品は、これを超えて弾性糸を編み込んでいるのであるから、いずれにせよ被告らの主張には理由がない。
(三) 構成要件Dについて
被告らは、「挿入」と「編み込み」とは別異の製造工程を示す概念であると主張するが、当業者はそのような区別をしていない。引用例1及び2においても、被告らがいう「挿入」を「編み込み」と表現しているのである。
また、被告らは、本件発明における当初の特許願における「織込み」という記載が、本件補正書では「編込み」という記載に変わっていることを捉えて云々するが、出願人が「挿入」の用語を「編込み」に変えたのであれば、両者を意識して使い分けたということもあり得るが、「織込み」を「編込み」に変えたからといって、「編込み」と「挿入」を別概念と捉えたということはできない。
また、被告らは、本件公報第3図が弾性糸を非弾性糸にループ状に絡めて編成していることを捉え、同様の主張をするが、第3図は実施例を示す図面にすぎをいから、このことを理由として、出願人が「編込み」と「挿入」を別概念として捉えていたということはできない。
第三 主な争点に対する判断
一 本件発明の目的、構成及び効果
編手袋は、適度の伸縮性と密着感が得られるので、多く使用されているが、編物組織よりなるため、伸びたり、糸が切断したりすることもあり、特に指の開閉を繰返すような使い方をされると、糸が綻びたり、切れ易いとの問題が生じていた。本件発明は、着用中の手袋においては、親指の付根(本件公報第1図、第2図における股部F)付近を通る緯糸が最も強く引張られ、それよりも手首よりの部分には、親指の側方への動きが繰返し伝わるため、この部分が早い時期に疲労して弾性力を失い、他方股部Fより他の四指の付根までの部分(第1図のL(sub)1(/sub))はほとんど疲労しないため弾性力が保存され、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱げ易くなるということから、股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見に基づき(甲一の本件公報一欄二一行から二四行、同二欄二行ないし一四行参照)、編手袋の材質、構造、価格等を大きく変えることなく、手への適合感、あるいは密着性を向上し、かつ、糸の伸びや切断による破損が起こるのを可能な限り阻止し、耐用期間を延長できるようにするとの課題を解決するため(同二欄二三行ないし二七行参照)、特許請求の範囲記載の構成、すなわち、手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯糸と平行に、緯糸に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編込むとの構成を採用したものである。
本件発明は、右のような構成を採ることにより、装着した手指の開閉、握り締め等に応じて、股部Fに集中する引張力を弾性糸が受け止め、かつ、弾性糸自体も掌の下半部からの作用を受け、全体として、手袋を手首方向へずれ動かすように作用するので、手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する効果を奏し、また、手袋本体を編織している緯糸に対する引張力が軽減され、ある程度伸びても弾性糸が収縮しその過度の伸びや切断が早期に起きないため、糸の材質、編物組織が同等のものであっても耐用期間を延長できるとの効果を奏するものである(同四欄三六行から五欄三行参照)。
二 本件発明の構成要件B及びDの「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」「弾性糸を所要の編込み幅で編込」むとの要件について
1 発明の詳細な説明について
本件明細書では、弾性糸を編み込む箇所について、発明の詳細な説明の(技術的手段)の項で、「弾性糸を編込む箇所は、人差し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間であるが、これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである」(甲一の本件公報三欄一八行ないし二一行)、「編込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿った第1列から次位の緯に沿った第2列・・・と複数列、平行に設けるのが良く、強力な弾性糸であれば1本でも十分な効果を発揮するのでその数は特に限定されないが、通常の弾性糸を使用する場合には股部から中指の中心辺までの径(経)の目数を緯に数えた程度とする。中指の中心というのは飽くまで一つの目安に過ぎず材質や編織方法により増減し得るが、例えば第2図にみるような経G1・・・・・の股F方向への彎局が起こるのが中指付近までであるためである。故に仮に股下から中指まで経10目とすれば、緯は股下10目迄弾性糸を編込む。それより少ないと、弾性糸の疲労が進行して効果が弱くなり、また手袋の形態上も変形が不自然になる。」(同三欄三〇行ないし四欄一行)と記載されており、弾性糸を股部Fを起点として、すなわち股部Fの最上位の緯糸に沿った第一列から、必要な目数で編み込むべきことを説明している。
また、本件明細書では、発明の詳細な説明の(発明の作用)の項で、「本発明の手袋では、親指Aから小指Eまでの手指の開閉による糸の伸び力は、親指Aと人差し指Bの股部Fの最上位の緯に対して最も強く働く。この部分より下(すそ部Z)に順にF1、F2、F3・・・と緯列をあらわすと、糸の引張力は第2列以下の緯列F2、F3、F4・・・と弱まり、その引張度の強さは、第1列の緯F1・・・と第1列の経G1・・・が股下へ向かって曲線を描く彎局の度合及び緯列の間隔にほぼ比例している。そのため、数列の弾性糸は、第1列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第2列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する。このように弾性糸に働く張力は緯に加えられる引張力を補強するものであり、股(部)Fに集中する引張力に対抗してこれを受け止め、また引張力により緯が伸びても弾性糸はこれを収縮させる。そのため弾性糸を編込んだ股部Fより下の所要部分の弾力性が、これを編込まない股部Fより他4指とその付根までの部分に対して相対的に強くなる。」(同四欄六行から二八行)と記載されており、本件発明の作用として、本件発明の構成による編手袋では、引張力が最も集中する股部Fを起点(第一列)として、この引張力を受け止めて補強するために弾性糸を所要の幅で編み込むことによる作用効果が詳細に説明されている(なお、当然のことながら、本件明細書においては、実施例のいずれにおいても、弾性糸を編み込む箇所の起点(第一列)を股部Fに設定することが記載されている(同五欄七行ないし六欄一四行参照)。)。
このように、本件明細書の発明の詳細な説明においては、一貫して、弾性糸を、股部Fに集中する作用力を受け止めるために、この股部Fを起点として、そのすそ部Z(手首部)に向けて、所要の幅で編み込むとの技術的思想が、整合性をもって記載されているのであり、これと異なり、この股部F以外の位置に起点を設定することについては一切触れられておらず、股部Fを起点とせず股部Fとすそ部Zとの間の所望の箇所に適宜弾性糸を編み込んでも前記の問題点が解決するという技術的思想や、その場合の所要の編み込み幅について開示した記載は全くない。
2 特許請求の範囲の記載について
「股部Fから」の「から」は、動作、作用の起点(丙三)ないし時間的、空間的起点(大辞林五一一頁)、(場所を示す語について)出発点や経由点(広辞宛第四版五四一頁)を表すものであり、また、「(ある場所)から、(他の場所)にかけて」という文言は、「(ある場所)から(他の場所)にまで及ぼすこと」を意味するものであり(広辞苑第四版四六五頁「かける」の語意参照)、「(ある場所)と(他の場所)との間に」との文言と比較すると、「から」という文言は、ある事象が及ぶ起点としての意味をより明確に有するものである。
そして、本件発明における特許請求の範囲の記載は、「手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため」(構成要件A)という目的を達成するために、「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」(構成要件B)、「前記股部Fを通る緯糸と平行に」(構成要件C)、「弾性糸を所要の編込み幅で編み込」む(構成要件D)ことをその構成要件としたものであり、右の目的とそれを達成する技術手段という構成に即した解釈からすれば、本件発明の構成要件Bは、その文言どおりに、手袋着用中の手指の動きにより、股部Fに集中する作用力を受け止めるため、この作用力が集中する「該股部Fから」、所要の編み込み幅で弾性糸を編み込むごとを構成要件としたもの、すなわち、「該股部Fから、」というのは、弾性糸を編み込む起点を股部Fとする趣旨であると解するのが通常の合理的な解釈である。
3 以上によれば、本件発明の構成要件B及びDの「股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」「弾性糸を・・・編み込」むとは、「股部Fを起点として、すそ部Zにかけての部分に」「弾性糸を・・・編み込」むという意味であると解すべきことが、特許請求の範囲の文言の通常の合理的な解釈、及び、本件明細書の発明の詳細な説明における本件発明の目的、技術的手段、作用、効果についての記載から明らかであると認められる。
原告は、構成要件Bについて、「股部Fからすそ部Zまでの所望の箇所に、適宜、弾性糸を編み込むことを意味する」旨主張するが、原告の右の主張は、本件明細書の発明の詳細な説明における本件発明の目的、技術的手段、作用、効果についての記載ないしは本件明細書に開示されている本件発明の技術的思想とは相異なるものであることは、前記のとおりであるし、また、本件発明の特許請求の範囲の記載の通常の合理的な文言解釈とも異なるものであるから、原告の右主張を採用することはできない。なお、原告は、発明の詳細な説明の検討において、親指の付け根(股部F)付近を通る緯糸が最も強く引っ張られるため、「第一列の緯F1のもの(弾性糸)が引張力に最も強く対抗して伸び」るが、それとてF1に弾性糸が編み込まれていないと、前記問題が解決できないものではない旨主張するが、原告の右主張は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載のない趣旨を加えて解釈しているものであり、かつ、原告の主張を裏付ける記載がないことは前判示のとおりであって、原告の右主張も採用することができない。
のみならず、仮に本件発明の構成要件Bを原告主張のように解するとなると、本件発明の発明者であり出願人でもある吉田安衛が本件発明の出願日である昭和六二年六月一二日より前の同年五月三〇日に出願した本件先願に係る考案と、本件発明とが、次に述べるとおり、同一の構成の発明(考案)と解さざるを得なくなるものであり、原告の前記主張は、この点からも採用しえないものである。すなわち、先願考案は、「長時間使用しても手の特に掌に良くフィットする作業用手袋の提供を目的としたものであ」って、その実用新案登録請求の範囲を「手指にはめる本体1のすそ部2から手のひら部3へかけての範囲の一部又は全部に幅方向の収縮性をもたせたホールド部4を設け、その上限位置を親指部5の上部付け根付近に設定して成る作業用手袋」とするものであり、かつ、右の「収縮性をもたせたホールド部4」とは、「メリヤス編みで編織され、かつ同時に織込んだ糸状ゴムより成る弾性糸で収縮性を付与したもの」(本件先願の明細書三頁一三行ないし一五行)が実施例として開示されているものであるところ(乙四の2)、本件発明の構成要件Bを原告主張のように「股部Fからすそ部Zまでの所望の箇所に、適宜、弾性糸を編み込むことを意味する」と解するとなると、先願考案の実用新案登録請求の範囲における「すそ部2から手のひら部3へかけての範囲の一部又は全部に幅方向の収縮性をもたせたホールド部4を設け、その上限位置を親指部5の上部付け根付近に設定して成る」との構成から導き出される先願考案の実施の態様と本件発明を原告主張のように解釈したうえで導き出される実施の態様とが全く同一のものが含まれることとなるのであり、原告の本件発明の構成要件Bについての前記主張は、この点からも採用しえないものである。
また、原告は、本件発明の技術的範囲の認定において、発明の詳細な説明を参酌することは許されない旨主張するが、明細書の発明の詳細な説明を考慮したうえで、原、被告間で争いになっている本件発明の構成要件B及びDの技術的意義を解釈し、本件発明の技術的範囲を認定することが許されないと解すべき理由はなく、原告の右主張は採用できない。
なお、甲九(本件発明の出願人の陳述書)は、本件明細書に記載のない出願人独自の知見を加えて構成要件Bを解釈するものであるから、本件明細書に基づく前記の解釈を左右するものではない。
三 被告ら製品における弾性糸が挿通されている箇所が、前記第二、三1(一)(1)及び(2)の各b、dのとおりである」ことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告ら製品における弾性糸が挿通されている位置は、股部F点を通る緯糸から下方に数えて、被告製品(1)では第一七列目、被告製品(2)では第一三列目、被告製品(3)では第八列目、被告製品(4)では第一五列目から、それぞれすそ部にかけての部分であり、いずれも、股部Fから明らかに離れた位置を起点として弾性糸が挿通されているものである。したがって、被告ら製品は、手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差指との股部に集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、弾性糸を所要の編み込み幅で編み込んでなる編手袋であるということはできず、本件発明の構成要件B及びDを充足しないものであることは明白である。よって、被告ら製品は、本件発明の技術的範囲には属しない。
四 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 橋本英史 裁判官 長谷川恭弘)
目録(1)
商品名「122G」(イ号物件)
1 図面の説明
図面はゴム張り作業用手袋の左手側手袋の完成品を示すもので、第一図は掌側から見た正面図、第二図は第一図の背面図、第三図は第一図の左側面図、第四図は第一図の右側面図、第五図は第一図の平面図、第六図は第一図のT-T断面図、第七図は手袋を裏返してみたときの弾性糸が挿通されている箇所の拡大図である。なお、第三ないし六図は、いずれも構造の理解を助けるために、現物よりも立体感を持たせて表現してある。
Aは親指、Bは人差指、Cは中指、Dは薬指、Eは小指、Fは親指と人差指との股部である。
1は、メリヤス編したナイロン糸。
2は、弾性糸(糸状ゴムに繊維を巻回した物)である。弾性糸は、L(4より袖口まで)の部分に挿通されている。
Sは、ゴム液を浸み込ませ乾燥させてある部分(各指先から手首部上部まで)、Qは、薄いゴムシートが張りつけてある部分、Rは、補強ゴムシートが張りつけてある部分である。
1fは、股部Fを通る緯糸である。
2.構造の説明
図面に示す作業用手袋は、指部、甲部、掌部及び手首部の全体がナイロン糸のメリヤス編により編成されている。弾性糸は、F点を通る緯糸から下方の一七列目の4を基点として、袖口から四列目にかけての全域に亙って第七図に示すように編み目の一列置きに、いわゆる流し編みの方法によって挿通され、袖口から四列目までは間隔を置かずに続けて編み目ごとに挿通されている。(袖口の部分は、ミシン掛で縁をかがるため弾性糸は一ないし二本がミシン掛の中に隠れている。)
本物件は、股部Fから一七列目の4から袖口にかけて弾性糸を挿通されて作られたところの原手(手袋半製品)のS部分全部にゴム液を浸み込ませ乾燥させたもので、掌および各指の掌側には、ゴムシートQが張りつけられ、親指Aの人差指側側面、股部F、人差指Bの親指側側面には、ゴムシートRが張りつけられており、不使用時においても立体型となっている。
ゴムシート張り部分Qは、各指先背面及び各指側面に達している。補強ゴムシートRは、その右側半分が掌側ゴムシートQ部分に、その左側半分が甲側ゴムシートの無いS部分に張られている。
目録(2)
商品名「122GX(クロベエ)」(ロ号物件)
商品名「122GR(アカベェ)」(ハ号物件)
商品各「122GB(アオベエ)」(ニ号物件)
本各物件とイ号物件とは、弾性糸が挿通されている位置(4の位置、本各物件は一三列目)が異なるのみで、他は、イ号物件と同じ構造である。また、本各物件は、それぞれ色が異なるのみで、構造は同一である。
1 図面の説明
図面はゴム張り作業用手袋の左手側手袋の完成品を示すもので、第一図は掌側から見た正面図、第二図は第一図の背面図、第三図は第一図の左側面図、第四図は第一図の右側面図、第五図は第一図の平面図、第六図は第一図のT-T断面図、第七図は手袋を裏返してみたときの弾性糸が挿通されている箇所の拡大図である。なお、第三ないし六図は、いずれも構造の理解を助けるために、現物よりも立体感を持たせて表現してある。
Aは親指、Bは人差指、Cは中指、Dは薬指、Eは小指、Fは親指と人差指との股部である。
1は、メリヤス編したナイロン糸。
2は、弾性糸(糸状ゴムに繊維を巻回した物)である。弾性糸は、L(4より袖ロまで)の部分に挿通されている。
Sは、ゴム液を浸み込ませ乾燥させてある部分(各指先から手首部上部まで)、Qは、薄いゴムシートが張りつけてある部分、Rは、補強ゴムシートが張りつけてある部分である。
1fは、股部Fを通る緯糸である。
2.構造の説明
図面に示す作業用手袋は、指部、甲部、掌部及び手首部の全体がナイロン糸のメリヤス編により編成されている。弾性糸は、F点を通る緯糸から下方の一三列目の4を基点として、袖口から四列目にかけての全域に亙って第七図に示すように編み目の一列置きにいわゆる流し編みの方法によって挿通され、袖口から四列目までは間隔を置かずに続けて編み目ごとに挿通されている。(袖口の部分は、ミシン掛で縁をかがるため弾性糸は一ないし二本がミシン掛の中に隠れている。)
本各物件は、股部Fから一三列目の4から袖口にかけて弾性糸を挿通して作られたところの原手(手袋半製品)のS部分全部にゴム液を浸み込ませ乾燥させたもので、掌および各指の掌側には、ゴムシートQが張りつけられ、親指Aの人差指側側面、股部F、人差指Bの親指側側面には、ゴムシートRが張りつけられており、不使用時においても立体型となっている。
ゴムシート張り部分Qは、各指先背面及び各指側面に達している。補強ゴムシートRは、その右側半分が掌側ゴムシートQ部分に、その左側半分が甲側ゴムシートの無いS部分に張られている。
第一図
〈省略〉
第二図
〈省略〉
第三図
〈省略〉
第四図
〈省略〉
第五図
〈省略〉
第六図
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第七図
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目録(3)
被告・おたふく手袋株式会社並びに被告株式会社セブンーイレブン・ジャパンの製造・販売に係わるゴム張り手袋(商品名「ハード・ハンド」)
一、図面の説明
図面は、おたふく手袋株式会社並びに株式会社セブンーイレブン・ジャパンの製造、販売に係わる「編み手袋を原手とするゴム張り手袋」を示すものであって第1図は掌側からみた正面図、第2図は甲側からみた背面図、第3図は親指側からみた側面図、第4図は手袋を裏返してみたときの弾性糸が挿通されている箇所の拡大図である。
二、構造の説明
図面に示すゴム張り手袋は、指部・甲部・掌部および手首部の全体がナイロン糸の平編によって編成され、親指Aと人指し指Bとの股部F点を通る緯糸から手首部Zの終端までの緯糸の数は計四四列となっている。また、F点を通る緯糸から下方の八列目を起点としてここからすそ部終端にかけて、糸状ゴムに繊維を巻回した弾性糸3が、第4図に示すように前記編成された編み目の一列置きに一七列挿通され、その下方は間隔を置かずに続けて編み目ごとに二列挿通されている。編み手袋の掌側には、手首部を除く略全域にゴムシート1が全面的に貼り着けられ、且つ甲側には、親指先端から人指し指先端にかけての側縁部相当域にゴムシート2が側縁部に沿って貼り着けられ、これら両ゴムシート1・2が前記親指先端から人指し指先端にかけての股部全域で互いに重合するように貼り着けられている。これらゴムシート1・2によって、少なくとも前記股部全域を含む掌側全域が立体型となっている。尚、前記ゴムシート1・2は、一ミリメートル前後の厚みのもので、ゴムシート1の表面には、エンボス加工が全面的に施されている。
第1図
〈省略〉
第2図
〈省略〉
第3図
〈省略〉
第4図
〈省略〉
目録(4)
被告・シンエイ産業株式会社並びに被告・株式会社アイダの製造・販売に係る作業用手袋(商品名「ブルージンテ」)
一、図面の説明
図面は、シンエイ産業株式会社ならびに株式会社アイダの製造、販売に係る「編み手袋を原手とするゴム張り作業用手袋」を示すものであって 第1図は掌側からみた正面図、第2図は甲側からみた背面図、第3図は親指側からみた側面図、第4図は手袋を裏返して見たときの弾性糸が挿通されている箇所の拡大図である。
二、構造の説明
図面に示すゴム張り手袋は、指部・甲部・掌部およびすそ部の全体がナイロン糸の平編によって編成され、親指Aと人指し指Bとの股部F点を通る緯糸からすそ部の終端までの緯糸の数は計四六列となっている。また、F点を通る緯糸から下方の一五列目を起点としてここからすそ部終端にかけて、糸状ゴムに繊維を巻回した弾性糸3が、第4図に示すように前記編成された編み目の一列置きに一四列挿通され、その下方は間隔を置かずに続けて編み目ごとに四列挿通されている。編み手袋の掌側には、すそ部の一部を除く略全域にゴムシート1が全面的に貼り着けられ、且つ甲側には、親指先端から人指し指先端にかけての側縁部相当域にゴムシート2が側縁部に沿って掌側に折り曲げて貼り着けられている。これらゴムシート1・2によって、少なくとも前記股部全域を含む掌側全域が立体型となっている。なお、前記ゴムシート1・2は、一ミリメートル前後の厚みのもので、ゴムシート1の表面には、エンボス加工が全面的に施されている。
第1図
〈省略〉
第2図
〈省略〉
第3図
〈省略〉
第4図
〈省略〉
〈19〉日本國特許庁 〈11〉特許出願公告
〈12〉特許公報(B2) 平3-80882
〈51〉Int.Cl.5A 41 D 19/00 識別記号 M 庁内整理番号 2119-3B 〈24〉〈44〉公告 平成3年(1991)12月26日
発明の数 1
〈54〉発明の名称 編手袋
〈21〉特願 昭62-146492 〈55〉公開 昭63-309608
〈22〉出願 昭62(1987)6月12日 〈43〉昭63(1988)12月16日
〈72〉発明者 吉田安衛 東京都北区東十条4丁目11番3号
〈71〉出願人 吉田安衛 東京都北区東十条4丁目11番3号
〈74〉代理人 弁理士 井沢洵
審査官 鈴木美知子
〈56〉参考文献 実公 昭38-25062(JP、Y1) 実公 昭39-5629(JP、Y1)
〈57〉特許請求の範囲
1 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編込んで成る編み手袋。
2 弾性糸の編込み幅が、股部Fから中指の中心辺までの径の目数を緯に数えたのと同寸法に設定されている特許請求の範囲第1項記載の編手袋。発明の詳細な説明
(産業上の利用分野)
本発明は編物組織を有する編手袋に関するものである。
(従来の技術)
編手袋は適度の伸縮性と密着感が得られるので多く使用されており、通常メリヤス編、中でも緯メリヤスの平織組織を有するものが多い。これは伸縮性に富み、多孔性のため換気が良好で、かさ高にすると保温も良く、また柔軟な風合をもつためである。しかし、編物組織よりなるので伸びたり、糸が切断したりすることもあり、特に指の開閉を操返すような使い方をされると、糸が綻びたり、切れたりし易い問題を生ずる。
本発明者は軍手と称される作業用手袋の製造に長年携つて来たものであり、前記のような問題に接したことも多いが、軍手に限らず、糸の伸び過ぎが原因の支障は多く発生している。
本発明者は前記従来の編手袋の使用による糸及び組織の疲労について研究した結果、着用中の手袋は、親指の付根(第1図、第2図に於る股部F)付近を通る緯が最も強く引張られ、それよりも手首よりの部分には、親指の側方への動きが繰返し伝わるため早い時期に疲労して弾性力を失ない、他方股部Fより他4指の付根までの部分(第1図のL1)は殆んど疲労しないため弾性性が保存され、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱け易くなるというメカニズムを見出した。その結果股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見を得た。
前記の問題は、主として糸の性質と編物組織の変更によつて改善可能であるが、例えば軍手に見るように、その商品に求められる機能や価格から来る評価は既に固定しており、高価な糸を使用したり、機械構造から変更しなければならない改善策は試みられても実現性は殆んどない。
(技術的課題)
そこで、本発明の課題は現在市場に広く行き渡つている編手袋の材質、構造、価格等を大きく変えることなく、手への適合感、或いは密着性を向上し、かつまた糸の伸びや切断による破損が起るのを可能な限り阻止し、耐用期間を延長できるようにすることにある。
(技術的手段)
前記目的を達する本発明の編手袋は、手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編込んで成るものである。
編手袋の本体は、在来の手袋と同様の材質の糸、毛糸等により、極く通常の編み方、例えば平編、ゴム編、バール編などの緯メリヤスその他の編物組織で構成される。弾性糸は、糸状のゴム、中でもゴムの回りに繊維を巻付けて形成したものが本体材料との織合いも良く好ましいがこれに限られない。弾性糸の例としては従来から手袋のすそ部に収縮性を与えるため用いられたものがある。
弾性糸を編込む箇所は、人差し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間であるが、これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである。強い引張力が働く原因は、親指の動きが主として掌の幅方向である事実、親指の付根付近より手首に向つて掌の幅が次第に狭くなる形状的な事実及びそれらの事実が相乗的に働くという現実にあると考えられる。
そこで、本体の前記股部Fからすそ部Zにかけての部分の弾力を高め、手指の動きによる手袋の相対的な動きが手首方向は向うように、所要の編込み幅で弾性糸を折込んでいる。編込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿つた第1列から次位の緯に沿つた第2列……と複数列、平行に設けるのが良く、強力な弾性糸であれば1本でも十分な効果を発揮するのでその数は特に限定されないが、通常の弾性糸を使用する場合には股部から中指の中心辺までの径の目数を緯に数えた程度とする。中指の中心というのは飽くまで一つの目に過ぎず材質や編織方法により増減し得るが、えば第2図にみるような経G1……の股F方向の彎曲が起るのが中指付近までであるためである。
故に仮に股下から中指まで経10目とすれば、緯は股下10目迄弾性糸を編込む。それより少ない、弾性糸の疲労が進行して効果が弱くなり、また手袋の形態上も変形が不自然になる。弾性糸の強さは、すそ部Zがそのまま上方へ延長されたような形態となる程度、つまり弾性糸を編込まない状態の幅の約4割に圧縮される程度が良い。
(発明の作用)
上記の如く構成された本発明の手袋では、親指Aから小指Eまでの手指の開閉による糸の伸び力は、親指Aと人差し指Bの股Fの最上位の緯に対して最も強く働く。この部分より下(すそ部Z)に順にF1、F2、F3……と緯列をあらわすと、糸の引張力は第2列以下の緯列F2、F3、F4……と弱まり、その引張度の強さは、第1列の緯F1……と第1列の経G1……が股下へ向つて曲線を描く彎曲の度合及び緯列の間隔にほぼ比例している。
そのため、数列の弾性糸は、第1列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第2列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する。このように弾性糸に働く張力は緯に加えられる引張力を補強するものであり、股Fに集中する引張力に対抗してこれを受け止め、また引張力により緯が伸びても弾性糸はこれを収縮させる。
そのため弾性糸を編込んだ股部Fより下の所要部分の弾力性が、これを編込まない股部Fより他4指とその付根までの部分に対して相対的に強くなる。
また股部Fに対して上記のように働く引張力は、各指A、B、C、D、E、中でも人差し指Bと中指Cの経を通じて股F方向へ引くように作用するので指への密着性が増し、この力は親指の動きに対応し、弾性糸による手首方向への作用力で支えられる(第2図鎖線、矢印参照)。
(発明の効果)
従つて本発明の編手袋によれば、装着した手指の開閉、握り締め或いは緩めに応じて、最も長くかつ強く伸張され、股部Fに集中する引張力をゴム帯Rが受け止め、かつゴム帯自体も掌の下半部からの作用を受け、全体として、手袋を手首方向へずれ動かすように作用するので、手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する効果を奏する。また本体を編織している緯に対する印張力が軽減され、或る程度伸びても弾性糸が収縮しその過度の伸びや切断が早期に起きないため、糸の材質、編物粗織が同等のものであつても耐用期間を延長できる効果を奏する。なお、実施例記載の構造の場合、耐用期間の延長は、本発明を実施しない同一材質、構造の編手袋に対して、3倍になることが見込まれた。
(実施例)
図示実施例により説明すると、この例は作業用手袋に関するもので、綿特紡糸の8.5番を用いて製造されており、編織は、平編みの緯メリヤスで、手の平最上位から股Fまでの長さL1と、股Fからすそ部までの長さL2、すそ部の長さをL3としたとき、その長さの比は目数にして18目、18目、26目とした。
弾性糸は、糸状ゴムに繊維を巻回したものを股部Fの第1列Fより第13列まで全てに入れ、すそ部に連続させた。そのため股部以下すそ部端まで同じ幅Wになることになつた。第3図は編物組織の裏目を示しており、H1……は裏側に編込まれる弾性糸、Yは弾性糸による伸縮部である。
図示しないが、第2の実施例として第7列まで、つまり第1の実施例の過半の位置まで弾性糸を織込んだものを製造した。この場合第8列から第13列までの緯は収縮性がないからやや膨らみ気味となる。
これらの編手袋を着用し、耐用期間、使用性の試験を行なつたところ、着用中弾性系を編込んだ部分にはやや圧迫感があるが、それが手のひらへの適合感、密着感に転じ、また手の親指から手首へかけての両側では手袋を手首へ引くような着用感が得られ従来のようなだぶつき感が長期間発生せず、極めて安定感があり、股部Fの緯の伸びは7日間連続着用でも生じなかつた。
図面の簡単な説明
図面は本発明に係る編み手袋の実施例を示すもので第1図は正面図、第2図は使用状態の説明図、第3図は組織の拡大図である。
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特許公報
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